短編戯曲『店主に語らせる』前篇
短編戯曲『店主に語らせる』
場所 横浜某所にある某喫茶店
登場人物 店主(以下A)
ライター(以下B)
(とある喫茶店。時間は午後の2時。抜けるような青空。ライターのBが腕時計に目を落としながら慌ただしく登場。額には薄らと汗が浮かんでいる。)
B (傍白)いけね、20分の遅刻かあ。これじゃあ、店主に文句の一つも言われるかもしれないな。それにしても、今日は何て暑さだ!畜生、シャツが汗でびっしょりじゃないか。ちぇっ、こんなに汗だくになってあちこち駆けずり回ったところで、小遣い程度の稼ぎにしかならないんだから、ほんと割に合わない仕事だよな。おっ、あった、あった、ここだ。
(恐る恐るといった風に店の入口の扉を開けるB。店頭にはすでに、オープンの札がかかっている。中に入ると、カウンターの椅子に腰かけた赤ら顔の男が、とろんとした目でBを見る。)
B ごめん下さい。あの…
A 頼まれても、お面はあげないよ。うふん。
B (ひるんで)店主様でしょうか?
A 天子様じゃないよ。
B (店主の駄洒落に困惑しつつ)失礼ですが、ここは喫茶○○さんですよね?
A そうじゃよ。
B ああ、よかった。
A で、兄さん、何の用?饅頭の押し売りなら、お断りだよ。
B とんでもない!本日は雑誌の取材でうかがわせていただきました。先日電話でアポを取らせていただいたはずですが…
A 雑誌?ああ、あのボディビル系のやつね。
B いえいえ、違います!
A 違う?分かった、宇宙人系のやつじゃな。
B ですから、違いますって!
A 違う?じゃあ、帰ってもらおうかな。わしは、筋肉とオカルト以外興味がないんでね。
B それじゃ困ります。こちらも、承諾を得た上でうかがったわけですから。
A 本当に?
B (イライラして)はい。
A 変だな、まるで記憶がない。(Bの顔をまじまじと見詰めて)兄さん、顔が赤いけど、アヘンかなにかやっておるじゃろ?
B 誰がやりますか、そんなもの、さっきからあなたが人をからかうようなことばかり言うから、興奮して赤くなっちゃったんじゃないですか!
A そうか。まあ、こうしてわざわざ訪ねて来てくれたんだ、がたがた言わずに協力するかな。
B お願いします。
A で、内容は?
B はい。(鞄から名刺を取り出して)わたくし、こういう者でして…
A (差し出された名刺を見て)雑誌『kanako』ねえ。兄さん、ライターさんなんだ。
B まあ、一応。
A で?
B はい、今回わたくしどもが企画しているのはですね、将来飲食店を経営したいと考えている人達をターゲットにした特集でして、そういった未来の経営者が参考に出来るような…
A 要するに、ハウツー本的なやつね。
B ええ、まあ…
A 開店にはいくらかかりましたかとか、店を経営する上で何が一番大変ですかとか、その手のことを質問すると。
B はい。
A なるほど。うふん。
B (腕時計を見て)カメラマンも間もなく到着すると思うんですが、この後まだ2軒ほど回る予定がありますので、早速始めさせていただいてよろしいでしょうか?
A かまわんよ。
B ありがとうございます。(慌ただしく筆記用具を用意して)まずはと…あの、よろしければこちらの店名の由来を聞かせていただけますか?
A 店名の由来?
B はい、個人的に気になったものですから。
A 由来ねえ。(煙草に火をつけて)そりゃ、あれだよ、大昔中国のとある村に漢鄭という名のそれはマッチョな村長がおってな、その村長が夜な夜なアヘンをキメては、村の娘のラクダ色のシュミーズを…
B もう結構です!
A 最後まで聞かなくていいのかね、「ラクダ色のシュミーズ」の先が佳境なのに。
B ええ、大丈夫です、今のは僕が個人的に聞いてみたかっただけですから。(傍白)相当イカれた店主だぞ。かなり酔っているみたいだし、こりゃ早々に引きあげた方がよさそうだ。
A でも実際、店名を決めるのは一苦労なんだ。うちも散々悩んだものさ。うふん。
B というと、ほかにもいくつか候補があったんですか?
A ああ。
B たとえばどんな?
A そうじゃな、確か「センチメンタル☆ジャーニー」とか、「リバーサイド☆ラッセン」とか、そんなのだったかな。
B それって、ただ単に星マークが入れたかっただけじゃないですか、しかも、どっちも響きが絶妙に古いし!
A 星?バカ者、これはれっきとしたヒトデだ!
B (脱力して)ヒトデ…
A そうそう、「やまだかつてない☆喫茶」なんてのもあったな。
B またヒトデきた!
A バカ者、こっちのは星じゃ!
B (歯ぎしりして)ええ、そうでしょうともよ、そうでしょうともよ!
A どうじゃ、少しは参考になったかな?
B ええ、それはもう。貴重なお話も聞けましたし、今回の企画は成功間違いなしです。
A そいつはよかった。
B (傍白)どうしてこんな店を選んじまったのかな。こりゃ、どう考えてもボツにした方がよさそうだ。
A (煙草をふかしながら)で、ほかには何か?
B (気を取り直して)そういえば、こちらは開店して何年になるんですか?
A 4年さ。
B 失礼ですが、前職は…
A しおらしく会社勤めをしていたと言っても信じてもらえんだろうな。
B では、脱サラして始められたのですね。
A 脱サラって、ひょっとして脱獄サラダ記念日のこと?
B 違いますよ!だいたい、何なんですか、脱獄サラダ記念日って。聞いたこともない。
A 何だ、兄さん、知らんのか。脱獄サラダ記念日ってのはな、脱獄したマフィアの親分が、お祝いに子分どもと新鮮な野菜スティックを食いまくるという、それは愉快なイベントのことさ。
B そうですか。これはまた、貴重な話をありがとうございます。でも僕は、ご主人の頭の中の方がよっぽど愉快だと思いますがね。
A そうかい。そう言ってもらえると、わしもうれしいよ。さ、遠慮なく先に進めなさい。うふん。
B (明らかにやる気のない声で)開業されて4年とのことですが、当然のことながらその間多くのことを学ばれたと思います。
A うむ。
B その中にですね、未来の経営者にこれだけは伝えたいとか、これだけは知っておいた方がいいと考えているものが何かありましたら、お聞かせ願いたいのですが。
A こりゃまた、ひどく漠然とした質問じゃな。
B 経営者としての哲学と言ったらいいのか…
A 哲学ねえ。
B ささいなことでもかまいませんので、何か頭に思い浮かんだことがあったらお聞かせ願います。
A そうじゃな、自分が店の経営を通して学んだ哲学は、主に3つかな。
B なるほど。(身を乗り出して)よろしければ、お教えいただけますか。
A (うなづいて)「人は必ず嘘をつくから絶対に信じてはいけない」、「人は必ず死ぬから絶対に愛してはいけない」、「ヒトデは必ず海にいるから絶対に川に行ってはいけない」の3つさ。
B 店の経営とまるで関係ないし、またヒトデだし!
A ああそうだ、そこにもう一つ、「マフィアは野菜を食いまくるから絶対にビビンバを…」
B (大声で)もう結構です!
A どうじゃ、参考になったかな?
B (軽蔑の眼差しで)ええ、それはもう、信じられないくらいに。
A そうかい、それはよかった。
B ご主人を見ていると、飲食店の経営って、本当に気がおかしくなるほど大変なのがよく分かりますね。
A 大変なんて、そんな生易しいものではない。資金のやりくりはもちろんのこと、包丁で手を切ったりガスコンロで火傷をしたりと、苦しいことばかりじゃからな。最近は腰まで痛めてしまって、杖なしには歩くことすらままならん状態での。
B そうでしたか、それはお気の毒に。
A (自分のあごを指差して)ほら、ここん所が一部、白く変色しておるじゃろ?
B 本当だ。油でもはねたんですか?
A いや、これはカネボウの美白化粧水が…
B (頭をかきむしりながら)ああああ!
A どうしたんじゃ、この若者は、急に大声あげたりして。
B (ブチ切れて)ヒトデだカネボウだと、さっきから人をコケにしくさって―このヒトデなしめ!
A …
B な、なぜそんな目で僕を見るんですか。
A (なだめるような声で)分かるよ、兄さん、ギャグを外した時のその死ぬほどの疎外感。苦しかろうて。
B (肩を落として)勝手に滑ったことになってるし…(立ち上がり、床にノートを叩きつけて)ああ、もういやだ、こんな仕事!
A ささいなことにカッとなったりして、兄さんはまだまだ未熟者じゃな。
B くっ…
A 相手がたとえどんなに無礼な人間だとしても、そちらはあくまで取材する側なんだから、取材される側に対する礼儀を忘れてはいかん。それが出来ないなら、今の仕事は即刻やめるべきさ。
B (うなだれて)そうですね、あなたのおっしゃる通りです。僕が未熟でした。
A 分かればいいのさ。
B はい。
(しばしの沈黙。Aは2本目の煙草に火をつけると、天井に向かってゆっくりと煙を吐き出す。Bはその場に立ち尽くしたまま、煙草を吸っているAを黙って見詰めている。)
―前篇終了―
by bari-era
| 2013-09-08 01:20
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