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短編戯曲『店主に語らせる』後編

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短編戯曲『店主に語らせる』後編


(しばしの静寂。やがてBは、溜息をつきながらカウンターの椅子に腰を下ろす)

A (ちらりとBを見て)何を考えておるんじゃ?

B (動揺して)いえ、別に。

A とぼけおって、全部顔に書いてあるわい。

B 何がです?

A どうせあれじゃろ、LINEでうまく幼女を引っかけられないかとか、そんなことを考えておるのじゃろ。

B 誰がそんなこと考えますか!

A 冗談じゃよ。

B 冗談にもほどがあります。

A 実は兄さん、今の仕事にやり甲斐が持てずに悩んでおるのじゃろ。

B …

A 梅干しじゃな。

B それを言うなら、「図星」じゃないんですか。

A (より大きな声で)梅干しじゃな!

B 分かりましたよ!っったく、人のダジャレには、人一倍厳しく突っ込むくせに。

A でも、兄さんも、その程度のことでくよくよ悩むなんざ、まだまだ若いのう。

B 人が何に悩もうとあなたに関係ないじゃないですか。

A 一体全体、どこの誰が好きなことだけやって飯が食えると思っておるんじゃ。そんな奴は、大橋巨泉以外におらんて。

B そういう妙なたとえを持ち出すの、やめていただけますか。

A 本当のことじゃからな。

B もっと大勢いるじゃないですか、趣味がそのまま仕事になっているような人って。

A ひょっとして、みのもんたのことを言っておるのかね?

B 言ってませんけどね、全然。

A じゃあ、林家ペー・パーのことを…

B だから、言ってねえって!

A 分かっておらんのう、趣味もそれで金を稼ぐようになったが最後、以前のようにうれし楽しじゃ済まんようになるもんじゃて。

B そうでしょうか。

A そうじゃよ。だから、好きでも何でもない仕事で食ってる方が、よっぽど幸せだったりするもんさ。そのことに気づいていなかったり、気づいていたとしても認めたがらない人間は多いがの。

A そうかな…

B わしもこう見えて、以前はハマのダダイストと呼ばれておったくらいでの、その世界ではブイブイ言わせておったもんじゃ。

B へえ、ハマのダダイストかあ。ご主人にもそんな時期があったんですね。

A うむ。

B じゃあ、ご主人は、美術の世界を諦めて、泣く泣く飲食業の世界に…

A あの頃は、デパートのおもちゃ売場に行くたびに、猛烈にダダをこねてダダをこねて…

B そっちのダダか!

A そうそう、十五夜にはお団子もこねてこねて…

B もうダダですらねえ…

A で、そんなことをやっている内に出来たのがこの店じゃからな、理想の入り込む隙などありゃせんかったわい。それで不幸だとは、一度たりとも思ったことはないがの。

B (ややあきれて)つまり、あれですか、おもちゃ売場で親にダダをこねたり、十五夜お月様を見ながら団子をこねたりしていたら今に至ったと、こういうわけですね?

A いや、そうじゃなくて、団子をこねた後に十五夜お月様を見ていたら、いつの間にかハマのスラム街で喫茶店を…

B 団子の順番なんてどうだっていいんですよ!

A (手で耳をおさえて)そう声を張り上げんでもいいじゃろ。

B それもこれも、あなたが意味不明なことばかり言うからいけないんですよ。

A とにかく、わしがおぬしに言いたいのはな、人間、理想なんざなくても、強い憧れさえあれば生きて行けるってことさ。

B 憧れ?

A そうじゃ、憧れじゃ。

B ふうん、そんなものですかね。

A そうじゃよ。

B じゃあ、お聞きしますが、何に対する憧れがご主人の原動力なんですか?

A 決まっておるじゃろ―筋肉と宇宙さ!

B またそれか…

A 見ての通り、わしはマッチョとは程遠い体型じゃが、わしのボディビル熱はハンパではないからのう、筋肉愛が高ぶって来た時に耳を澄ますと、どこからともなく「背筋キテるよ!」とか、「ナイスポーズ!」とか、胸を震わせるような威勢のいい掛け声が聞こえて来るんじゃ。

B (鼻で笑って)ボディビルの大会じゃあるまいし、まさか。

A 嘘じゃない。その証拠に、こうして目を閉じて耳を澄ますと…

B またまた。

A (小声で)ナイスポ~ズ…

B 今絶対に自分で言ったでしょ!

A (すくっと立ち上がり、遠い目で)UFOのエンジン音も聞こえる!

B (Aの体を支えながら)ちょっと、落ち着いて下さいよ、あれはUFOじゃなくて、店の前の道路を車が通った音でしょ!

A (我に返って)いかん、いかん、わしとしたことが、年甲斐もなく取り乱してしもうたわい。

B しっかりして下さいよ、びっくりするじゃないですか。

A (ハアハア言いながら)なあ、兄さん、すまんが、わしの上着のポケットに入っている白い粉を少しなめさせてくれんかのう。

B アヘンやってんの、あんただろ!

A (舌を出して)なんちゃって♡

B (その場にくずおれて)チクショウ、もう限界だ…

A んっ、どうしたんじゃ、この兄さんは。

B (声を震わせて)このロクデナシめ、史上最低のロクデナシめ…

A おお、こわっ。まあ、悪態をつく元気があるくらいだ、心配せんでも平気じゃろ。(杖で体を支えながら)さてと、そろそろ営業再開するかのう。しかし、えらいのにつかまってしまったわい。こういうカッとしやすいタイプがやがて思想的に極端に傾いて、自爆テロがどうのこうの言い出すのかのう。くわばらくわばら。

B こんな店、くたばりやがれだ!

A 女々しい男じゃのう。

B クソじじいめ…

A クソじじい?よし、いっちょ気合いを入れてやるか。(杖を振り下ろして)かーつ!

B いてて!(手首を押えて)うわ、何てこった、赤く変色し始めたぞ。おー、いて。

A 思い知ったか、金棒(カネボウ)の威力を。

B 何がカネボウだ、あんたが力任せにぶっ叩くから、赤く変色しちまったんじゃないか!

A おぬしがわしのことをクソ野郎呼ばわりするのがいけんのじゃ。そこまで言われて黙っていられるほど、わしはお人よしではないんでね。

B いい年してそんな風に人をからかったりして、あんた、それで人間として幸せか?

A ほお、言うではないか、若ぞうめ。

B 幸せじゃないから、立場の弱い人間をからかって楽しんでるに決まってるさ。このサディストめ!

A お前さんなんかに言われなくたって、わしは十分幸せじゃよ。胸がはち切れるほど、いや、それどころか、自慢のヌーブラがはち切れるほどにな。

B 男のくせに、何がヌーブラだ!

A 何だ、兄さんは装着しておらんのかね。(シャツをまくり上げながら)わしはこの通り、毎日このラクダ色のヌーブラを…

B やめろ、この変態め!

A (目を細めて)変態?

B そうさ、お望なら何度でも言ってやるぞ、この変態野郎め!

A 何度でも?

B 何度でもさ!

A (うっとり目を閉じて)うれしい♡

B ガチだな!

A ケケケ。

B (立ち上がり、Aにつかみかかって)この暴力魔の変態め、人を散々バカにしくさりやがって、もう我慢するもんか!

A これ、何をするんじゃ、やめんか。

B (Aを組み伏せながら)人をコケにしやがって!

A (抵抗して)これ、やめんか、ヌーブラがずれるじゃろ、いてて。
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(やがてAは床の上にのびてしまう。Bは横になって苦しげに息をしているAを、茫然とした様子で見下ろしている。)

B 俺が悪いんじゃない、あんたが悪いんだ。

A 少し水をくれんか。

B そんなもの、自分で飲めばいいじゃないですか、気絶しているわけでもあるまいし。

A (白目をむいて)わしはもう駄目かもしれん。どうやら今の衝撃で、ヌ―ブラが完全にずれてしまったようでの。

B ヌーブラが?

A (苦しげに)ああ。

B (心配そうに)ずれるとどうなるのさ?

A このたわけ者め、わしがおのれの変態的欲望を満たすためだけに、ヌーブラをつけているとでも思ったか。あれはわしにとってペースメーカーみたいなものでのう、この通り、あれがずれると息が…息が…

B ちょっと、どうしたんです?

A 息が…

B (心配そうにAの肩を揺すりながら)息がどうなるんです?

A (喉をおさえながら苦しげに)息が…息が…

B だから、息がどうなるんですか、ねえ、ご主人!

A (けろっとして)香ばしくなっちゃうの♡

B 香…

A (あきれ顔で)ほんと、だまされやすい兄さんじゃ。まあ、おかげで随分楽しませてもらったがのう。うふん。

B (がっくりうなだれて)ううう…

(A はBを払いのけるようにしながら立ち上がると、カウンターの椅子に座って煙草を吸い始める。やがてBのすすり泣きも聞こえなくなる。しばしの静寂。)

A さてと、今度こそ本当に営業再開するかのう。(立ち上がり、四つん這いの姿勢で床にうずくまっているBの肩に優しく手をかけて)どうじゃ、気分は?

B …

A (上着のポケットから粉の入った袋を取り出し)さあ、これをなめるのじゃ。

B (涙をぬぐいながら)何です、それは?

A 薄力粉と強力粉にあるものを混ぜて作ったものさ。

B あるものって?

A 考えるんじゃない、舌でつかむのじゃ!

(言われるがままに差し出された粉をなめるB。やがて、乱れていた呼吸も落ち着き、顔にも赤みが差し出す。)

A すっきりしたじゃろ?

B ええ。でも、何となくお腹が膨れたような気がします。

A 安心せえ、それはベーキングパウダーの仕業じゃ。

B そうですか。

A (しんみりした声で)兄さん、さっきはからかって悪かったのう。じゃが、全ては中途半端な気持ちでわしのとこに現れたりするおぬしが悪いのじゃ。おぬしもたとえ今の仕事に虚しさを感じていたとしても、それで金をもらっている以上、全力でやり遂げんといかん。

B (自分に言い聞かせるように)自分なりに頑張ったつもりなんだけどな…

A 無理にやる気を装っても無駄じゃよ、虚しさは目と声音に出るからのう。

B …

A 自分のことをよく言うつもりは毛頭ないが、わしはお前さんのような人間をほうっておけない性質でのう。(笑って)まあ、やり方はちと強引だったかもしれんがな。お前さんも腹が立ったと思うが、でもあれじゃよ、一時的とはいえ怒りは虚しさを忘れさせてくれるもんさ。お前さんもわしに食ってかかってきている時だけは、なかなかいい顔をしておったぞ。それに、ほれ、後10分もすれば腹の中の粉がもっと膨らんで、おぬしの虚しい心をすっかり満たしてくれるはずじゃ。ほんに、ベーキングパウダーさまさまじゃのう!

B (腹をさすって)ベーキングパウダー…
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A (再びBの肩に手を置いて)どうじゃ、気分は、すっかり落ち着いたじゃろ?

B (かすれ声で)ええ。

A 息切れは?

B ないです。

A めまいは?

B ないです。

A 吐き気は?

B ないです。

A モーガン・フリーマンの写真を見て性的に興奮したことは?

B ないです。

A よし、全て正常と。

B 正常…

A (突然声を張り上げて)では、いよいよ次が最後の質問となりますが…

B (顔を上げて)最後の質問?

A 意気込みのほどをお聞かせ願えますか?

B 意気込み…ええと、そうだなあ…この際ですので、ライター生命を賭けてのぞみたいと思います!

A それはすごい!正解した場合は、「ぐるっと世界一周 スワンボートで挑む荒波と強風の旅」チケットを贈呈、不正解の場合は、店主作詞作曲によります「ググった勢いで黄金町に来て残念」アカペラで5万回熱唱の刑が待っていますので、慎重にお答え下さい!

B おし!

A では、質問です、ジャカジャ~ン!

B スワンボートよ、待っていろ!

A 朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足、これってなあ~に?

B (しめたという顔で)人間!

A ブ~ッ!残念!

B なにっ!

A いやー、実におしい!

B 答えは?

A 答えは―宇宙人でした!!!

B そうきたか!

A・B おあとがよろしいようで。

(息を切らせたカメラマンが汗だくになって店に入って来る。店の前の道路を二人の子供がきゃあきゃあ言いながら通り過ぎる。弱々しいセミの鳴き声。やや傾きかけた午後の日差し。アスファルトの強い照り返し。)


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by bari-era | 2013-09-21 01:45

短編戯曲『店主に語らせる』前篇

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短編戯曲『店主に語らせる』

場所 横浜某所にある某喫茶店
登場人物  店主(以下A)
      ライター(以下B)



(とある喫茶店。時間は午後の2時。抜けるような青空。ライターのBが腕時計に目を落としながら慌ただしく登場。額には薄らと汗が浮かんでいる。)


B (傍白)いけね、20分の遅刻かあ。これじゃあ、店主に文句の一つも言われるかもしれないな。それにしても、今日は何て暑さだ!畜生、シャツが汗でびっしょりじゃないか。ちぇっ、こんなに汗だくになってあちこち駆けずり回ったところで、小遣い程度の稼ぎにしかならないんだから、ほんと割に合わない仕事だよな。おっ、あった、あった、ここだ。


(恐る恐るといった風に店の入口の扉を開けるB。店頭にはすでに、オープンの札がかかっている。中に入ると、カウンターの椅子に腰かけた赤ら顔の男が、とろんとした目でBを見る。)

B ごめん下さい。あの…

A 頼まれても、お面はあげないよ。うふん。

B (ひるんで)店主様でしょうか?

A 天子様じゃないよ。

B (店主の駄洒落に困惑しつつ)失礼ですが、ここは喫茶○○さんですよね?

A そうじゃよ。

B ああ、よかった。 

A で、兄さん、何の用?饅頭の押し売りなら、お断りだよ。

B とんでもない!本日は雑誌の取材でうかがわせていただきました。先日電話でアポを取らせていただいたはずですが…

A 雑誌?ああ、あのボディビル系のやつね。

B いえいえ、違います!

A 違う?分かった、宇宙人系のやつじゃな。

B ですから、違いますって!

A 違う?じゃあ、帰ってもらおうかな。わしは、筋肉とオカルト以外興味がないんでね。

B それじゃ困ります。こちらも、承諾を得た上でうかがったわけですから。

A 本当に?

B (イライラして)はい。

A 変だな、まるで記憶がない。(Bの顔をまじまじと見詰めて)兄さん、顔が赤いけど、アヘンかなにかやっておるじゃろ?

B 誰がやりますか、そんなもの、さっきからあなたが人をからかうようなことばかり言うから、興奮して赤くなっちゃったんじゃないですか!

A そうか。まあ、こうしてわざわざ訪ねて来てくれたんだ、がたがた言わずに協力するかな。

B お願いします。

A で、内容は?

B はい。(鞄から名刺を取り出して)わたくし、こういう者でして…

A (差し出された名刺を見て)雑誌『kanako』ねえ。兄さん、ライターさんなんだ。

B まあ、一応。

A で?

B はい、今回わたくしどもが企画しているのはですね、将来飲食店を経営したいと考えている人達をターゲットにした特集でして、そういった未来の経営者が参考に出来るような…

A 要するに、ハウツー本的なやつね。

B ええ、まあ…

A 開店にはいくらかかりましたかとか、店を経営する上で何が一番大変ですかとか、その手のことを質問すると。

B はい。

A なるほど。うふん。

B (腕時計を見て)カメラマンも間もなく到着すると思うんですが、この後まだ2軒ほど回る予定がありますので、早速始めさせていただいてよろしいでしょうか?

A かまわんよ。

B ありがとうございます。(慌ただしく筆記用具を用意して)まずはと…あの、よろしければこちらの店名の由来を聞かせていただけますか?

A 店名の由来?

B はい、個人的に気になったものですから。

A 由来ねえ。(煙草に火をつけて)そりゃ、あれだよ、大昔中国のとある村に漢鄭という名のそれはマッチョな村長がおってな、その村長が夜な夜なアヘンをキメては、村の娘のラクダ色のシュミーズを…

B もう結構です!

A 最後まで聞かなくていいのかね、「ラクダ色のシュミーズ」の先が佳境なのに。

B ええ、大丈夫です、今のは僕が個人的に聞いてみたかっただけですから。(傍白)相当イカれた店主だぞ。かなり酔っているみたいだし、こりゃ早々に引きあげた方がよさそうだ。

A でも実際、店名を決めるのは一苦労なんだ。うちも散々悩んだものさ。うふん。

B というと、ほかにもいくつか候補があったんですか?

A ああ。

B たとえばどんな?

A そうじゃな、確か「センチメンタル☆ジャーニー」とか、「リバーサイド☆ラッセン」とか、そんなのだったかな。

B それって、ただ単に星マークが入れたかっただけじゃないですか、しかも、どっちも響きが絶妙に古いし!

A 星?バカ者、これはれっきとしたヒトデだ!

B (脱力して)ヒトデ…

A そうそう、「やまだかつてない☆喫茶」なんてのもあったな。

B またヒトデきた!

A バカ者、こっちのは星じゃ!

B (歯ぎしりして)ええ、そうでしょうともよ、そうでしょうともよ!

A どうじゃ、少しは参考になったかな?

B ええ、それはもう。貴重なお話も聞けましたし、今回の企画は成功間違いなしです。

A そいつはよかった。

B (傍白)どうしてこんな店を選んじまったのかな。こりゃ、どう考えてもボツにした方がよさそうだ。
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A (煙草をふかしながら)で、ほかには何か?

B (気を取り直して)そういえば、こちらは開店して何年になるんですか?

A 4年さ。

B 失礼ですが、前職は…

A しおらしく会社勤めをしていたと言っても信じてもらえんだろうな。

B では、脱サラして始められたのですね。

A 脱サラって、ひょっとして脱獄サラダ記念日のこと?

B 違いますよ!だいたい、何なんですか、脱獄サラダ記念日って。聞いたこともない。

A 何だ、兄さん、知らんのか。脱獄サラダ記念日ってのはな、脱獄したマフィアの親分が、お祝いに子分どもと新鮮な野菜スティックを食いまくるという、それは愉快なイベントのことさ。

B そうですか。これはまた、貴重な話をありがとうございます。でも僕は、ご主人の頭の中の方がよっぽど愉快だと思いますがね。

A そうかい。そう言ってもらえると、わしもうれしいよ。さ、遠慮なく先に進めなさい。うふん。

B (明らかにやる気のない声で)開業されて4年とのことですが、当然のことながらその間多くのことを学ばれたと思います。

A うむ。

B その中にですね、未来の経営者にこれだけは伝えたいとか、これだけは知っておいた方がいいと考えているものが何かありましたら、お聞かせ願いたいのですが。

A こりゃまた、ひどく漠然とした質問じゃな。

B 経営者としての哲学と言ったらいいのか…

A 哲学ねえ。

B ささいなことでもかまいませんので、何か頭に思い浮かんだことがあったらお聞かせ願います。

A そうじゃな、自分が店の経営を通して学んだ哲学は、主に3つかな。

B なるほど。(身を乗り出して)よろしければ、お教えいただけますか。

A (うなづいて)「人は必ず嘘をつくから絶対に信じてはいけない」、「人は必ず死ぬから絶対に愛してはいけない」、「ヒトデは必ず海にいるから絶対に川に行ってはいけない」の3つさ。

B 店の経営とまるで関係ないし、またヒトデだし!

A ああそうだ、そこにもう一つ、「マフィアは野菜を食いまくるから絶対にビビンバを…」

B (大声で)もう結構です!

A どうじゃ、参考になったかな?

B (軽蔑の眼差しで)ええ、それはもう、信じられないくらいに。

A そうかい、それはよかった。

B ご主人を見ていると、飲食店の経営って、本当に気がおかしくなるほど大変なのがよく分かりますね。

A 大変なんて、そんな生易しいものではない。資金のやりくりはもちろんのこと、包丁で手を切ったりガスコンロで火傷をしたりと、苦しいことばかりじゃからな。最近は腰まで痛めてしまって、杖なしには歩くことすらままならん状態での。

B そうでしたか、それはお気の毒に。

A (自分のあごを指差して)ほら、ここん所が一部、白く変色しておるじゃろ?

B 本当だ。油でもはねたんですか?

A いや、これはカネボウの美白化粧水が…

B (頭をかきむしりながら)ああああ!

A どうしたんじゃ、この若者は、急に大声あげたりして。

B (ブチ切れて)ヒトデだカネボウだと、さっきから人をコケにしくさって―このヒトデなしめ!

A …

B な、なぜそんな目で僕を見るんですか。

A (なだめるような声で)分かるよ、兄さん、ギャグを外した時のその死ぬほどの疎外感。苦しかろうて。

B (肩を落として)勝手に滑ったことになってるし…(立ち上がり、床にノートを叩きつけて)ああ、もういやだ、こんな仕事!

A ささいなことにカッとなったりして、兄さんはまだまだ未熟者じゃな。

B くっ…

A 相手がたとえどんなに無礼な人間だとしても、そちらはあくまで取材する側なんだから、取材される側に対する礼儀を忘れてはいかん。それが出来ないなら、今の仕事は即刻やめるべきさ。

B (うなだれて)そうですね、あなたのおっしゃる通りです。僕が未熟でした。

A 分かればいいのさ。

B はい。

(しばしの沈黙。Aは2本目の煙草に火をつけると、天井に向かってゆっくりと煙を吐き出す。Bはその場に立ち尽くしたまま、煙草を吸っているAを黙って見詰めている。)


―前篇終了―

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by bari-era | 2013-09-08 01:20

純不純喫茶 Canti  「幸せとは、世界の隅々までピンクが行き渡っているという淡い確信。もっとカラッポに。アーメン。」
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